2023/08/14
質的研究において「コード化(coding)」とは、インタビューや観察記録といった非構造的なデータを、意味のある単位に分解し、ラベルを付けて分類・整理する作業を指します。このプロセスは、テキストデータの背後にあるテーマや傾向、関係性を明らかにするための出発点であり、質的分析全体の基盤とも言える重要な工程です。
コード化は、単なる分類ではありません。研究者はデータを読み込みながら、その中に含まれる発言や描写、行動、感情の一つひとつに注目し、なぜその言葉が発せられたのか、どんな意味が込められているのかを丁寧に見極め、コードと呼ばれるラベルを割り当てていきます。たとえば、「意見を言っても怒られないのがいい」という発言には、「心理的安全性」というコードが与えられるかもしれません。こうして付けられたコードを手がかりに、同様の意味をもつ発言群を束ね、データのパターンや構造が徐々に浮かび上がってくるのです。
コード化の作業には段階があります。最初の「オープン・コーディング」では、データ全体を自由に読み解きながら、意味をもつ単語やフレーズに柔軟なコードを与えていきます。次に「アクシアル・コーディング」へ進むと、コード同士の関係性に目を向け、因果関係や階層構造を明らかにする再構成が始まります。そして最終段階の「セレクティブ・コーディング」では、特定の主要カテゴリーを軸に全体を再統合し、物語性や理論的枠組みの構築を目指します。
このようなプロセスは、特にグラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)と呼ばれる研究法で顕著に見られます。GTAでは、先に理論ありきではなく、現場のデータから理論を生み出すボトムアップ型の姿勢が重視され、コード化はその核心に位置づけられています。
コード化の際に注意すべき点も少なくありません。たとえば、研究者自身の先入観に引きずられて、参加者の言葉に対する恣意的な解釈をしてしまえば、分析の信頼性は損なわれます。また、「いい感じ」や「まあまあ」など曖昧なコードは、意味が不明確になりがちで、比較や統合の際に困難をもたらします。一貫性のあるコード付け、そして意味の明確なラベル設定が求められます。
実務の現場では、紙と付箋を使って行うアナログな手法から、NVivoやATLAS.tiなどのCAQDAS(質的データ分析支援ソフト)を用いたデジタル分析まで、さまざまな手法が用いられています。大量のデータを扱う場合や、複数人で分析する研究チームにおいては、これらのツールがコードの統一や分析の透明性に大きく貢献しています。
コード化によって得られた構造や関係性は、最終的には研究の理論化、政策提言、教育実践など、多様な応用へと展開していきます。たとえば、「働きがいのある職場」というテーマでインタビューを行った結果、「心理的安全性」「自律性」「支援の存在」「方針の明確さ」といったコードが抽出されたなら、それらがどのように相互作用して職場満足度に影響を与えるかを考察することができるでしょう。
このように「コード化」は、単なる分類の手法ではなく、質的データから意味や理論を紡ぎ出すための知的な作業です。丁寧に、誠実にデータと向き合うことで、個人の声の中に潜む構造や社会のありようを、深く理解する道が開かれていきます。
逐語録 コード化・カテゴリ化
https://www.osaka-p.com/tape/interview.html
アンケ―ド 自由記述 コード化
https://www.tapeokoshi.net/questionnaire-survey/
論文にコード化・カテゴリ化を反映するということ
https://www.tapeokoshi.net/1889/